アクティビティとしてのスポーツ?スポーツ実施率を高めるためには遊び尽くせ!?


 

 

先月末、平成30年度のスポーツ庁概算要求が公開された。

 

「スポーツ立国の実現を目指したスポーツの振興」という大命題の元に平成30年度の概算要求では、

 

①2020年東京オリンピック・パラリンピック競技大会、2019年ラグビーW杯等に向けた準備

②スポーツの成長産業化

③スポーツ参画人口の拡大、地域社会の活性化、障害者スポーツの推進

④学校体育・運動部活動の推進

 

の大きく4つのテーマに沿った事項があり、

合計約400億円の概算要求となった(ちなみに平成29年から約70億円増の要求となった。ちなみにちなみに要求総額自体は昨年とほぼ同額)

 

これらは2017年4月~2022年3月までを対象にした「第2期スポーツ基本計画」に基づいているが(これも元を辿ると「未来投資戦略 2017」に沿っている)、

第2期スポーツ基本計画では、「スポーツ参画人口」を拡大し,「一億総スポーツ社会」の実現に取り組むことを目標としている。

 

スポーツへの参画には一般的に、「する」「みる」「ささえる」があるとされるが、

やはり「みる」「ささえる」といった参画を促すためにも、「する」つまり、スポーツ実施は重要な要素だと思われる。

 

現在、週一回以上のスポーツ実施率は42%程度と言われているが、

スポーツ庁ではこれを平成33年(2021年)までに65%まで引き上げることを一つの目安として、様々な取り組みを行なっている。

 

 

スポーツ実施率

 

本ブログの熱心な読者はスポーツビジネスに興味があり、どちらかというと自身がスポーツをする機会も多いと推測するが、

上のグラフ(昭和57年から平成27年までのスポーツ実施率の推移)には驚くのではないだろうか。

 

統計を取り始めてから、スポーツ実施率は基本的に右肩上がりで向上してきたが、平成24年をピークに平成27年にかけて下降傾向となった。

このような傾向から、あと4年で実施率をV字回復させ、65%という高い目標へ向けて進むためのハードルはなかなか高いものと思われる(4年という単位で急速に進むわけではないが高齢化というトレンドも無視できない)

 

では、この目標は絵に描いた餅で終わるのだろうか?

その鍵は「スポーツ実施」の定義にある。

 

スポーツ庁に問い合わせたところ「スポーツ実施」に関しての明確な定義は無く、

本人がスポーツしたと思えばそれはスポーツに該当する」という回答を得た。

ここがまさにスポーツ実施率を高めるキーファクターだ。

要するに「スポーツのハードルを下げる」ことが出来れば、スポーツ実施率は高まる。

 

ビジネスマンが通勤で1駅分歩くことだって、

主婦が子どもを自転車で保育園に送ることだって、

考えようによってはスポーツと捉えることが出来る。

このような取り組みをスポーツ実施とすれば、実施率は高まるはずだ。

 

と同時に、次世代におけるスポーツ実施のあり方にも変化の兆しを感じている

 

データによると、特にスポーツ実施率が低い世代は、若年層である、と示されている。

 

確かに肌感覚でも、筆者は大学を卒業して6年ほど経ったが、

自分自身においても周囲においても年々スポーツをする機会が減少していると感じている。(「ほぼ毎週サッカーしてんだろ!」っていう突っ込みはなしでお願いします。昔と比べての相対的な話です。笑)

 

だが、これをスポーツでなく、アクティビティ(=遊び)とした時、事情はやや異なる。

 

 

未だに賑わいを見せているカラーランのようなファンラン系イベント  

 

 

女子を中心に定番となっている”踊ってみた”に象徴されるダンス

 

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マリンアクティビティやスカイアクティビティ  

 

 

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暗闇ボクシングやバイクエクササイズといった最新フィットネス

 

 

 

このようなアクティビティ(遊び)に参加した人が、

前述のスポーツ実施率に関するアンケートで「スポーツを実施している」と回答したかは定かではないが、

これらのアクティビティはSNSの影響力向上とともに存在感を増している

 

このように、

アクティビティ(遊び)が、気付いたら、それってスポーツじゃない?となることは往々としてある。

 

そもそもスポーツという言葉自体が、遊びという言葉と極めて近いニュアンスを持つ。

 

スポーツ(sport)の語源が、ラテン語の「deportare」に由来することは、文献を読めばすぐにわかる。(中略)「de」は「away」、「portare」は「carry」であって「運び去る」とか「運搬する、輸送する、追放する」という意味があった。(中略)本来的な意味から、「気分を転じさせる」「気を晴らす」といった精神的な次元での「移動」「転換」に変化していく。やがて「義務からの気分転換、元気の回復」が、一義的な意味を持つようになった。(※笹川スポーツ財団HP参照)

 

要するに、スポーツというのは、対戦相手がいてルールがあって試合に出るために厳しい練習を積んで、といったようにストイックに取り組むことだけがスポーツではない。

むしろ順番が逆で、本来的なスポーツの意味である遊びとしてスポーツに出会った結果、その魅力に取り憑かれ、気付いたら真剣に競技として取り組むようになった、という流れが自然なものだ。

真剣に、本気に、競技として、スポーツに取り組むというのは”結果として”で良い。

 

本筋に戻ろう。

スポーツ実施率を高めるためにスポーツのハードルを下げる必要があると前述したが、

その中でも強調したいのは「スポーツのアクティビティ化」だ。

 

スポーツをすること=体を動かすことを、

あくまで遊びの一部として捉えて、遊びの選択肢にすることが出来れば、

若年層のスポーツ実施率はグンと上がることだろう。

 

その姿はきっとフォトジェニックだったり、

動画映えだったり(インスタストーリー映えとも言える?)、

あるいはスマホの次の世界、〜より自然に今をシェア出来るようになるARの世界〜、においても、

いわゆる”シェアしたくなる瞬間”となるだろう。

なぜならそれは、遊びの最中の楽しい一コマなのだから。

 

 


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山内 一樹
「ミレニアル世代の遊びの選択肢にスポーツを加える」ことを目指し、アクティビティとしてのスポーツの可能性を追求している。Jリーグ・Bリーグ・侍ジャパンといったコンテンツホルダーらとともに、主にSNSの活用を中心としたデジタルマーケティング施策の推進に従事するほか、渋谷区を起点に活動するサッカークラブ TOKYO CITY F.C. を立ち上げ、渋谷から新たなフットボール体験を産み出すための取り組みに挑戦中